現場がブラックである意外な理由~子供がもたらしてくれる幸福感~

★「子供」が関わると大人は懸命になる

私は元教員で、校長も務めました。

そんな私が、先生方を見ていて、ふと感じたことがあります。

なぜ教職員の皆さんが、あれほど情熱を持って子供の教育に取り組んでいけるのか。

先生たちは、日々、まるで何かに取り憑かれたように必死で子供たちの教育に取り組んでいます。

私もそうだったので、「当たり前」で片づけてしまいたいところですが、それにしてもあの献身的な姿勢は理屈では説明できません。

子供を育てる仕事には、収入を度外視してでも取り組んでしまう「魔力」が潜んでいるとしか言いようがないのです。

その魔力が、教育の現場を「ブラック」だと言わせてしまう一因にもなってしまっているとも言えますが・・。

世間であれこれ思われている教育現場ですが、とにかくほとんどの教職員は懸命に働いています。

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もちろん、他の職業においても「献身的」という意味では同じかもしれません。

しかし、私が知る限り、教職員の方々の働き方には、その他の職業では感じることのできないそれ以上の何かを感じるのです。

おそらくそれは、その過程に「子供」が介在していることが影響しています。

私は小学校の教員でしたが、おそらく、保育園、幼稚園、こども園、中高、大学、子供に関わるすべての関係機関に共通していることだと思うのです。

保護者も同じです。

子育ては保護者にとって仕事ではありませんが、「生きる意味」そのもといっていいほどの思いで取り組んでいます。

なぜ、対象が子供となると、人はこれほど懸命になれるのか。

今回は、そこを突き詰めて考えてみます。

★「子は宝」と言うが

大人をこれだけ必死にさせる「子供」という存在は、一体何なのでしょうか。

その答えは、「子は宝」という、昔から言い伝えられてきている言葉に集約されると私は思っています。

「子は宝」

この言葉は、7世紀前半に編纂された「万葉集」で山上憶良が詠んだ歌が原典だとされています。

その歌は以下です。

「銀(しろかね)も金(くがね)も玉(たま)も何せむに 勝れる宝 子にしかめやも」

「銀も金も宝石も、子供という宝に及ぶものはない」

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確かに、金銀などの宝石には、人を惹きつける魅力があります。

それは「財」を生むからです。

しかし、子供という存在は、時間も手間もかかり、むしろ「財」を生むどころか、「財」を減少させてしまうことの方が多いはずです。

なのに、太古の昔から「子は宝」という価値観は今と変わらない。

ということは、人は子供に対して、「宝」=「財」を生むもの、という価値以上の捉え方をしているということです。

★「宝(たから)」の定義

まず、「宝」の定義を明確にしておきます。

「宝」とは、一般に「大切に保存・保護すべき価値のあるもの」を指すはずです。

語源としては、諸説あるようで、中でも、

「田(た)から」(豊かな田んぼから得られる収穫物)や、「貯(たく)え、等(ら)」(貯蔵されたものたち)

から来ているという説が有力です。

つまり、「宝」とは、生存に不可欠なもの、あるいは蓄積された豊かさを指します。

では「豊かさ」とはどのようなことを指すのか。

その定義は文脈によって、

「金銭や宝石などの財宝といった、高い換金性があるもの」

「優れた人物や技術」

「思い出」

などが含まれてきます。

なぜこれらを持っていると豊かなのか。

それは、希少性があり、容易には手に入らない。

しかも、「これの代わりは存在しない」という唯一無二の価値がある。

時代や国境を越えて、人類全体にとって価値があると認められるもの(世界遺産、学術的発見など)。

未来に引き継ぐべき重要な資産。

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前述の「子は宝」は、この「次世代への架け橋」としての定義に該当します。

ではなぜ「守りたい」「残したい」と思うのか。

うがった見方をすれば、子供は未来の「生産人口」であり「社会保障の支え手」です。

社会生活を維持・発展させるためには、技術を継承し、新たな価値を生み出す次世代の労働力が不可欠です。

社会保障制度において、子供は今後のシステムを存続させる唯一の存在です。

また、子供は教育を受けることで、将来のイノベーションの源泉となります。

さらに、生物学的な観点では、個体の生存目的は「遺伝子の継承」にあります。

それは本能であり、あらゆる生物にとって、次世代を育成することは生存戦略の根幹です。

★「宝」の正体は子から得られる「幸福感」

この流れだと、「子は宝」は、単に遺伝子や社会的・経済的な人間の生物的な本能だということになってしまいます。

もちろん、遺伝子的な本能も機能しているでしょう。

しかし、人間は他の動物とあきらかに違います。

人間が子供に向ける思いには、遺伝子や本能を超越した精神が宿っているのです。

それは「利他性」です。

人は、子供を育てる過程で、自分以外の存在のために尽くす「利他性」を学んでいるのだと、私は思っています。

「利他の精神」は、明らかに自己成長や幸福感に直結します。

親も教師も、「子供」から、喜びや安心感、生きる意欲・勇気をもらっている。

子供の教育を通して、自己成長や幸福感を得ているのです。

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だからこそ、子供に対して「守りたい」「残したい」という感情を呼び起こされるのでしょう。

★だから教育はやめられない

まとめます。

人は、「子は宝」だと言います。

それは、子育てを通して、親も教師も自己成長や幸福感を得ているからです。

おそらく子供への愛情は、自己成長や幸福感を得ていることへの恩返しなのでしょう。

だから、収入を度外視して働いてしまったりするわけです。

だから、「子は宝」なのです。

そして、だから教育はやめられないのです。

しかし、それが「ブラック」の原因の一つでもあります。

何とも世の中は矛盾だらけですね。

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