学校の存在意義 ~資格試験の学習経験で考えたこと~ 独学が可能になった学習環境の中で、学校に行くことの意義を考える
独学でも学習はできる
皆さんは、子どもたちに「なぜ学校に行かなくてはならないの」
「家で勉強すればいいんじゃないかな」なんて聞かれたら、どう答えますか。
その「問い」に明確に答えられたら、あなたは素晴らしい教師です。
まず、結論を聞く前に、自分なりの答えを探してみてください。
私は50代で「宅地建物取引士」と「ファイナンシャルプランナー(2級)」の資格を取得しました。
管理職をしていましたので、専門学校に通う時間はありませんでした。
ひと昔前までは、専門学校に通うか通信講座を受けなければ、
こういった資格に合格することはできないと言われていました。
しかし、今や、独学できる環境があり、必ずしも専門学校に通ったり、
通信講座を受ける必要はなくなりました。
その環境とは何かと言うと。
もちろんネットです。
私の場合、テキストや問題集は、電子書籍でした。
理解が難しい場合は、ネットで検索したり、
YouTubeを視聴したりしました。
また、隙間時間には音声教材や一問一答のアプリを使って、
インプットやアウトプットをしていました。
SNSでは、同じ受験者同士で情報交換したり、
励ましあったりして、モチベーションを高めていました。
合格するまで時間はかかりましたが、
こうした学習環境のおかげで、最終的に合格することができました。
管理職をしている頃でしたので、
この経験は私に多くの「問い」を投げかけてきました。
学校への感謝
独学が可能なら、学校って何のためにあるのか。
私が、「学校って必要ないのでは」と考えたと思いますか。
逆です。
私は、この経験を通して、むしろIT社会だからこそ、
学校は必要だと確信するようになったのです。
なぜかと言いますと。
ネット環境が整い、そこからリターンを得られるのは、
それを使う目的と意思があり、
そしてそれを活用して学ぶことができるスキルがあるからです。
なので、学校とは、生きることの意味と目的を考える場所であり、
そのための学び方を身に付ける場所でなければならないのです。
私には、「資格を取る」という明確な意思がありました。
ネットの使い方に精通していたわけではありませんが、
わからないことを理解するためには、情報を集めること。
理解したことを、さらに深掘りすることで、真の理解につながること。
その際には、誰かとコミュニケーションを取りながら
アウトプットすることが有効であること。
そして、基本的なスキルを身に付けるためには、反復も必要であること。
自分の学びの過程を振り返り、定期的に見直すこと。
私は、こういったことをすべて学校で学んでいたのです。
なので独学で、ネットを活用し合格することができたのです。
改めて、小中高、大学で教育を受けさせていただいたことに、
感謝の思いがわきました。
どう生きるかを学ぶ場
で、学校の役割を再度確認します。
独学という視点で、子どもたちを見てみます。
「学び方」のスキルが備わっていない段階で、
「家で自分で勉強しなさい」なんて無理です。
これはネット環境があっても同じです。
学校の中だからこそ、教師や仲間に導かれながら、学び方を習得していくのです。
あと、子どもたちは学習に対して、
明確な目的や意思をもっていません。
もちろん、中には、目的をもって学習している子もいるでしょう。
しかし、多くの子は、それを模索している段階だと言っていいでしょう。
だからこそ、「読み」「書き」「算」だけでなく、
体育や音楽、美術、総合的な学習、そして道徳や特別活動、部活動などがあるのです。
「生きる」とはどういうことなのか、
そしてあなたは「どう生きたいのか」。
学校は、教育活動全体を通して、この大きな命題に対する答えを、
子どもたちに考えさせているのです。
大げさかもしれませんが、学校はそのためにあるのだと私は思っています。
学校以外に、そのことを考えさせてくれる場は今のところありません。
あなたが、その「問い」の答えに矛盾しない教育を実践しているとしたら、
あなたは素晴らしい教師です。
もしそうでなくても、今日から意識して実践すればいいのです。
ということで、本日のブログは、学校は行き方を考える場所であり、
そのための学び方のスキルを身に付ける場所であるというお話でした。
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