私の旅心を刺激した写真や人物、本
今回は、私が若いころ、海外を見て回りたい
と思わせてくれた写真や人物、本の3つ紹介します。
★スフィンクスと映る侍たち
1つめは写真です。
これは、文久3(1863)年に派遣された
池田使節団がエジプトの
スフィンクスの前で撮った集合写真です。
言わずと知れた世界遺産であり、
今も多くの観光客が訪れる
エジプトのピラミッド、スフィンクス。
そのスフィンクスの前に写っているのは、
はかま姿で笠をかぶる江戸時代の武士たち。
池田使節団は、
列強との交渉のために幕府が派遣した使節団です。
この写真を初めて見たのは、
台湾への一人旅に迷っていた時期でした。
日本から近い台湾とはいえ海外であり、言葉も違います。
正直不安だったのです。
しかし、この写真を見て、吹っ切れました。
使節団は公務ではありましたが、
渡航の苦労、生活習慣の違い、
言葉の障壁など、想像を絶する困難があったはずです。
このような時代であっても、
世界を見てきた人たちがいるというのに、
台湾ごときで何を心配する必要があるのか。
そう思った私は、その年、
はじめての海外一人旅でもある、
台湾旅行に出かけることができました。
私の背中を押してくれた写真なのです。
ちなみに、この使節団の目的は、
日本の再度の鎖国だったのですが、
この派遣で世界の実情を見聞した
池田長発は、帰国後には開国論に転じています。
また、使節団の一員であった三宅秀は、
フランスで医学に触れ、
後に日本の近代医学の礎を築く人物となりました。
使節団が海外を見てきたことで、
日本が近代化に舵を切ったといっても過言ではないのです。
視察が国を変えたのです。
ましてや、個人が世界を見てくることが、
人生に影響を与えないはずがありません。
★明治時代の世界を旅するバックパッカー中村直吉
2つめのは人物についてです。
その方の名は、中村直吉。
私からすると、明治時代のバックパッカー。
旅した国は60か国。
期間は5年10か月。
しかも無銭旅行。
所持金は、出発前に
カンパで集めた現在の価値で約15万円ほど。
基本的には徒歩で移動し、
世界探検家という肩書を使って
食事や宿泊を無償で援助してもらうという形での旅。
ある時は、自分を「無銭旅行家」であると紹介し、
高級ホテルにタダで泊めてもらったり、
当時の移動手段だったフェリーにも、
直談判して無料で乗せてもらっています。
また、産卵したばかりのウミガメの卵を
山のように食べたり、
大ヘビに食われそうになったりと、
危険と背中合わせの旅行だったといいます。
あまりの破天荒ぶり。
命知らずとは、こういう人のことを言うのでしょう。
中村直吉さんのことは、
大学の時に、ゼミの教授に教えていただいたきました。
ちょうど3か月間の中国ひとり旅をやり切って、
調子をこいているころでしたので、
この中村さんのスケールの大きさに、
伸びていた鼻をへし折られた
気がしたのを覚えています。
貧乏旅行とはいえ、今なら、
物価の安い国に行けば、宿泊施設に困ることはない。
移動手段も、船、飛行機、電車、バスと豊富で快適。
病気になったとしても、
どんな国にも病院はあるし、
海外旅行保険に入っていれば安心。
苦労したとはいえ、
お隣の国に3か月くらい
旅行したことを自慢する自分が恥ずかしくなりました。
★何でも見てしまったバックパッカーの元祖、小田実
3つ目は本です。
「何でも見てやろう」講談社文庫 小田 実 (著)
初版は1961年なので、もう60年以上も前に出版された本です。
その本を私は1980年代に読んだのです。
その時ですら20年のタイムラグがありながら、
読み進めると止まらないなんとも刺激的な本でした。
留学先のアメリカで摩天楼を見て驚いたり、
スラム街に出入りし、
芸術家と暮らし、知識人と語らったりする毎日。
また、自分が神秘の日本人と
もてはやされる目前で、黒人への人種差別に身をえぐられる。
そして、ひょんな成り行きから
そのまま世界一周旅行に出る、そんなお話。
小田氏は、1960年代の先進国である
欧米から発展途上国の中東・アジア諸国を旅するルートで移動しています。
それが、結果的に
貧富の差や文化の違いを
刺激的に描写する形になっていて、強烈でした。
1ドル360円の時代の旅ですから、
貧乏旅行者にならざるを得ない時代。
貧乏旅行をすると、
どうしても社会の底みたいなところを目撃してしまいます。
不快で、うんざりする経験もします。
小田氏の「何でも見てやろう」
という野望は、ある意味、
貧乏旅行だったからこそ叶えられた、
といった趣旨のことも語られてたと記憶しています。
私もお金がなかったから、
仕方なく貧乏旅行になったわけです。
だからこそ、裕福な旅では見ることができない、
感じることができないことを見て、
感じることができたのだと思っています。
小田氏は、そんな貧乏旅行に価値づけをしてくれたのです。
そのことが、この本が名著であるゆえんだと思っています。
日本の「バックパッカー文化」の創始者
であるといっても過言ではないでしょう。
読み返してしまったら、また貧乏旅行をしたくなって
しまうのではないかと思い、
今は再読しないようにしています。
★人生は「好奇心」と「行動力」
いかがでしたか。
スフィンクスの前で記念写真に写る江戸時代の侍たち。
生きて帰れたのが奇跡としか思えない明治時代の中村直吉。
世界の矛盾を「何でも見てやろう」と、世界を回った昭和の小田実。
時代は違っても、そして目的は違っても、
そこに共通するのは果てしない「好奇心」と「行動力」。
そのことを教えてくれたこれらに写真、人物、本に、
多感な20代のころに出会えた私は幸運だったな、
と60歳の今ふと思う今日この頃です。
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